2009年8月 4日
通州について
通州とは、北平(現在の北京市)の東約12kmにあった通県(現在の北京市通州区北部)の中心都市である。当時ここには、日本の傀儡政権であった冀東防共自治政府が置かれていたが、1937年7月29日、突如約3000人の冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が、華北各地の日本軍留守部隊約110名と婦女子を含む日本人居留民約420名を襲撃し、約230名が虐殺された。これにより通州特務機関は全滅。
冀東防共自治政府保安隊が通州事件を起こした原因としては以下の3つの説が存在している。
日本軍機が華北の各所を爆撃した際に、通州の保安隊兵舎をも誤爆したことの報復で起こったとする説(しかし誤爆の事後処理は通州事件以前には終わっている事実も存在している) 。
中国国民党軍が冀東防共自治政府保安隊を寝返らせるために「日本が大敗した」と嘘のラジオ放送をおこない、冀東保安隊がそれに踊らされたという説。
1986年に冀東保安隊長であった張慶餘の回想録が公表され、また中国で出版された『盧溝橋事変風雲篇』によると、張慶餘、張硯田の両隊長は、中国国民党第29軍とかねてから接触しており、「日本打倒」の事前密約をし、これが「通州決起」と関係していると記されていることから、中国国民党と張慶餘・張硯田両隊長の密約によるものとする説。
上記の一つの原因だけでなく、これらの原因が複合して保安隊が虐殺行為に走ったとも考えられている。張慶餘は通州事件後は中国国民党軍に属し、最終的に中将まで昇格している。
なお、中国側では「抗日蜂起」と看做されている。
影響等
一部で「通州虐殺事件」、「第二の尼港事件」とも言われる。
女性は強姦して陰部にほうきを刺して殺害、腹から腸を出して殺害、針金で鼻輪を通された子供など、殺され方が極めて残虐であったとされ、日本の対中感情は大きく悪化した。 その後1937年12月24日、冀東政府と日本側との間で交渉が成立、冀東政府は日本側に正式陳謝の上、120万円の賠償金を支払い、事件は解決した。
近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり、歴史の闇に埋もれようとしている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
本人居留民(朝鮮系日本人を含む)に対する虐殺を指すようです。大変残酷な事件でした。
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